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「小澤征爾さんと、音楽について話をする」を読んで思い出したこと…
注:先日の記事とは異なり、過去に書いた記事に手を加えたものです。m(__)m



小澤征爾さんと、音楽について話をする小澤征爾さんと、音楽について話をする



2011年12月3日:地元書店で購入 : 他数冊と平行して読書中

2011年1月某日:ほぼ読み終える。数ページ残して、持ち歩くのを止めたまま。



いつもどおりと言うか、村上春樹らしい…彼のエッセイはこんな感じ?…題名の本。当たり前のように内容をうまく表すというよりも、事実を一行で表したような、なんの色気も無い題名だった。

しかし、小澤征爾は、古くからファンだったように思うし、村上春樹が行ったロングインタビュー、と言うことだったので、これは読まないわけには行かない。





小澤征爾と言う指揮者は、僕に取って、とても特別な存在だったように思う…



小澤征爾の名を知ったのは中学生の頃だった。おそらく小澤征爾本人の著書を読んだのがきっかけだったのだろう。N響と喧嘩したとか、日本ではあまり認められてないとか、色々な話が、僕にはなんだかアウトローで、強烈な性格の持ち主のように写り、クラシック界においてとても特殊な存在であると感じていた。

高校生になって、合唱部に入ったことで、大編成の合唱曲に興味を持ち、その頃同時に強く惹かれていたバッハの音楽との兼ね合いで、生でマタイ受難曲を聴きたい一心で、聴きに行ったのが、小澤征爾を聴いた唯一の経験となった。

高校生の僕は、金が無く、東京文化会館でその演奏会がもようされると聞くと、なんとか天井桟敷席の学生席を手にい入れ、常に受験勉強を強要する家族に黙って、学校帰りにこっそりと聴きに行った。交通費と学生席チケット代でいっぱいいっぱいだったように思う。まして天井桟敷の学生席からは、オケの半分も見えず、前列の人に迷惑にならないように乗り出してみると、かろうじて手すりの向こうに指揮棒が見え隠れする状態だった。

それでも、耳に届く音楽は素晴らしく、長時間もの間、常に集中が切れる事無く、最後まで聴き入っていた事思い出す。



その後、他に多くの指揮者の演奏に耳を傾けつつも、小澤征爾は、良かれ悪しかれ噂が多い存在でもあり、ウィーンに呼ばれた時の人気を獲得するまでも常に気になる指揮者だった。

ウィーン音楽監督就任後は、多くの録音、特集をNHKでも組むことが多くなり、それらをおっけかるように聴いていた。



それが最近になって、病気後の復活劇として、NHKで扱ったドキュメンタリー+演奏をTVで見た際、その音楽への集中力の凄さに圧倒され、年齢や体力にかかわりなく、小澤征爾は常に進化し続けている事を確認できたときは、ドキュメンタリー番組の性格上、その演奏が断片でありながら、胸と目頭が熱くなった。





前書きを読む限り、村上春樹氏は、誰とも比べ様もなく小澤征爾氏に近い存在で、僕以上に彼の音楽に強く惹かれていたのであろう事がわかる。僕にとってこの特別な存在である二人の会話は、僕の興味や期待以上に、音楽的要素の高い文章、構成で、グイグイと引き込まれつつ、読み進んだ。



最後の数ページが残っているが、再度ゆっくりと噛み締めながら熟読したい。

| Book '12 | 23:50 | comments(0) | - | pookmark |
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